「老後とピアノ」稲垣えみ子著(ポプラ社)を読みました。
私もに36歳になってからピアノを再開して、その楽しさにハマっているので、
この本を見つけた時、きっと共感できること間違いなし!と思って手に取りました。
予想通り共感できる内容で、私がピアノを弾きながら感じていたことを代弁してくれていると感じる箇所もたくさん。
改めてピアノの魅力を再確認できたのはもちろん、人生の中で何かを「楽しむ」ということについて考えさせられる本でした。
ピアノを弾く人だけではなく、多くの人におすすめしたいです。
本の概要
新聞社を50歳で早期退職し、その後冷蔵庫を持たない節電生活をされていることで有名な稲垣えみ子さん。その稲垣さんが小学生以来、40年ぶりにピアノを弾き始めたという話。
なんと稲垣さんは自宅にピアノを持っていないのに1日2時間ピアノの練習をしているという。
あまりにも弾けないもどかしさや、緊張しながらレッスンを受ける話題に始まり、曲選びの楽しみや積み上げることで得られる大人ピアノの魅力にも触れられている。
感想
動かぬ体、動かぬ脳がもどかしい
最初は稲垣さんがレッスンを始められてから少しずつ上達しだんだんとピアノにはまっていく様子が書かれているが、そのうちスランプがやってくる。
そのスランプとは、腱鞘炎。
わかるわかる。
私も無理して難しい曲を弾こうとして手首を痛めて、接骨院に通った経験があるから。
痛みを感じたことで、体の使い方を考えるきっかけになったところも同じ過ぎて、
うんうんと頷くしかない。
稲垣さんは、「力をぬいて演奏できる」ことを目指されるようになったという。
私がピアノを弾く時の体の使い方を考えたのは、こんな本を読んで情報を集めた。
またこちらは稲垣さんも参考にされたと本文でも出てきた古屋晋一さんの本。
アレクサンダーテクニークについて定番書籍。身体に落とし込むことは難しいですが、身体の構造を知ることは大事です。
大人の発表会で「同士」に出会う
「老後とピアノ」、締めくくりは発表会の話題。
大人の発表会が色々な趣味でしんどいのはよくわかる。
出演する方もお客さんもやたらと緊張しているところなど、臨場感たっぷりに表現されていて、自分が出場した発表会のことを鮮明に思い出した。
その発表会のシーンに書いてあった印象深い一節。
ここにいる我らは間違いなく「仲間」であった。初めて会う人達ではあったけれど、皆等しく、同じもの、おそらく一生かかっても手に届かぬものを一生懸命追い求める同士であった。
わたしが稲垣さんに親近感を覚えるのも、ピアノを弾く「同士」だからだろう。
下手だってなんだって、一つのフレーズ、一つの和音を「弾く」。ただ、それだけで、毎回「ジーン」としているのだ。自分の出した音に自分の魂が震えるのである。(中略)
どんなに凡庸な人間でも、自分の心の中のどこかに隠れていた美しいものに、自分の手で火をつけることができる。
私は一体どこへ行きたいのだろう?
(中略)
どうせどこへも行けないのだ。ならば、どこへも行かず、今、この場所を、この瞬間を楽しめば良いではないか!
私はずっと、たいして上手くもないのにピアノを弾き続けている自分がうしろめたかった。
なぜなら、意味のないことをしていると思っていたから。これから上手くなりようもないのに、時間を費やしてピアノを弾く私。そんな「無意味で価値のないこと」を続けるのってどうなの?ともう一人の自分がいつも話かけてきていた。でも、この本を読んで意味がなくても価値がなくても、それでもいいんだと思えるようになった。
弾いているだけで幸せならそれでいいではないか。上手くなろうと思わなくてもいい。
天才音楽家たちが作った美しいメロディーを自分の指でなぞることができる。その幸せと喜びで十分。
そう思えたら、堂々とこれからのピアノライフをもっともっと楽しもうと思えた。
人生の楽しみをとは何かを教えてくれる本。ピアノを弾く人だけではなく、多くの人に読んでもらいたいです。
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