2022年に読んでよかった本、「無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記」(新潮社)。作家 山本文緒さんが膵臓がんと診断され、書き始めた日記をまとめたものです。
悲しくて読んでいて胸がつまるところもあるけれど、「今を大事に生きよう」と読んだ後に力をもらえる作品でもありました。
1枚ページをめくると、冒頭、こんな一文で始まります。
2021年4月、私は膵臓がんと診断され、そのとき既にステージは4bだった。治療法はなく、抗がん剤で進行を遅らせることしか手立てはなかった。
「無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記」山本文緒(新潮社)
昔と違って副作用は軽くなっていると聞いて臨んだ抗がん剤治療は地獄だった。がんで死ぬより先に抗がん剤で死んでしまうと思ったほどだ。医師やカウンセラー、そして夫と話し合い、私は緩和ケアへ進むことを決めた。
そんな2021年、5月からの日記です。

日記では「アメトーーク!」を見たり、マンガの最新刊を読むような何気ない一日をすごすこともあれば、痛みや不安に負けそうになり、絶望を感じる日のことも書いてあります。
私が今「何気ない」と書いたけれど、私にとっては何気ないと感じるけれど「何気ない」わけではない人もいるということ。
日記にあるように、これまでの日常生活に、少しづつ病気が混ざっていく様子こそが現実なんだと感じます。
そんなリアルを、余命宣告された山本文緒さんは「書く」ことで伝えようとしてくれています。
文緒さんの気概が伝わってきて、読み終わったあと、ずっと魂が本に宿っている感じがしました。
日記では、ご夫婦の仲のよい様子が随所に書きとめられていました。
お別れが近づいてきている二人の間の、一緒にいられることを慈しむような時間。
文緒さんは、夫婦ふたりの様子を「無人島にいるふたり」と表現しています。
無人島のように孤独で未知の世界なんだと思ったら、その比喩の表現力もさすがだと思いました。
夫と私、最期のときに、こんなにいい関係でいられるかなあと、自分のことを振り返ってしまいました。
結婚17年目、少し距離ができている自分の夫婦間を考えさせられました。
本書の中で特に悲しくなる箇所がありました。
文緒さんが、いつか小説に書こうと温めてきたエピソードを「もう書けないのでどうぞ書いてくださってOKです」と手放す日のことです。
これまで自分で大切に温めてきた小説の種を、他の人にどうぞ書いてくださいと差し出す気持ち。それを想像すると泣けてきました。その本、文緒さんの文章で読みたかったなぁ。
小説家って、そんなふうにいつも小説家の目線で世の中を見ていて、種を集めながら書いてくれているんですね。
私が想像するよりはるかに真摯に書くことに向き合っていて、知らなかった在り方を知ることができました。
この本に、最期を迎えるまでの、書けるだけぎりぎりのところまで書き残してくれてことに感謝したいです。
表現のプロ、言葉の専門家として、すばらしい表現力で残された時間、書きとどめてくれたこと、ありがとうございます。
今という時間と自分の身の回りの人を大切にして、最期のときまで真摯に生きようと思うようになった本です。
命は時間。
文緒さんが最期の時間を書くことに使ってくれたから生まれた、『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』。
心の深いところに刻まれる本です。ぜひ読んでもらいたいです。
2022年に読んで良かった本の1つ「スラムダンク」についても記事もよかったら読んでみてください。
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